アキヒロの日誌

理系大学院生の戦闘記録

自信を獲得するためにするべきことは???

f:id:programingchance:20190621222114j:plain

Gerd AltmannによるPixabayからの画像

 今回は「自信」について考えていこうと思います。私は何に対しても自信が持てませんでした。言い換えると、自信というものが何か分かりませんでした。その結果、「他人に馬鹿にされたらどうしよう」、「この先自分に不幸な出来事が起こったらどうしよう」などの他人の目や予期不安に苛まれる学生生活を送っていました。これでは何をしても楽しくないし、自分の努力が積み上がっていかないと感じ始めたので、今回は精神科医名越康文先生のとある記事を元に「自信」について考えてみました。

 

 

 

 

 

自分の経歴

 恐縮ですが、ここで私の簡単な学歴を紹介させて頂きます。

中学では公立中学に通っており、三年間で五教科はオール5の成績を取り卒業しました。高校は神奈川県内の公立トップ5に入る偏差値の学校を卒業し、留年で有名な都内の某私立大学物理学科をストレートで卒業しました。就活か進学か模索していた大学三年生の頃、自動車メーカーで自動車開発がしたいという漠然とした夢を抱き、それを叶えるため、分野をわざわざ物理学から機械工学に変更し、1から機械工学の科目(熱力学、流体力学、材料力学、機械力学など)を独学して、何とか大学院入試に合格しました。(自分の成し遂げてきた功績を披露しようなどという下心は一切ございません。)

 

 しかし、自分の中で積み上がっていかないものが明確にありました。それは「自信」です。自分なりに努力して、中学、高校、大学、大学院試験などの過程を通り、毎回ベストとはいかないものの、全力で一つ一つのことに向き合ってきました。しかしいつまで経っても「自信」だけは付けることが出来ず、学力コンプレックスのようなものを抱え込むようになり、もがき苦しんでいました。

 自分なりに自信が付かない原因を分析してみたところ、ある「きっかけ」にたどり着きました。それは「大学推薦入学」です。高校生だった当時、マーチ以上の理系私大に推薦入学できるほどの成績を持っていたため、「少しでも楽をしたい、そして浪人はしたくない」と思い、あまり迷わず推薦入学資格を頂きました。

 しかし入学早々、周りとの学力差に圧倒されることになるのです(周りの友人は、浪人を1~2年経験し、惜しくも東大に落ちてしまった方が多くいらっしゃいました。いまでも関係が続いており、大切な友人です。)。しかし当時は自分の実力の無さを受け入れること、受け止めることが出来ませんでした。何の価値もないプライドがのせいで、自分の実力の無さを認めるのが怖く、他人との実力差を必至で埋めようとしませんでした。その結果、大学の授業に追いつくのが精一杯で、サークルにも顔を出せず数ヶ月で辞めてしまい、友人と心から遊ぶこともあまり出来ず、しかし自分の実力の無さを認めようとせず、大学の授業に苦労するという負のスパイラルに陥っていきました。

当然ですが、「自信」は付かず、授業を受けても積み上がっていかない、空回りしている感覚を覚えていました。このようにずっと苦しい学生生活を送っていました。

 

 

プライドを捨ててGoogle検索

そろそろ限界を迎え、プライドは捨てて「自信をつける方法」とGoogle検索をしてみたところ、珍しく心にスッと入る感覚を覚えた、ある記事を見つけたので紹介したいと思います。

toyokeizai.net

 

簡単に要約してみます。

  • 自信を持てない人は「ありのままの自分を受け入れる」ことが大切である。この助言は、実際に自分に自信が持てない人には響かない。
  • 自信がある人は成功を引き寄せやすい。自信はただその人の内面の問題というより、仕事の成果や人生の成功を左右する、大きな要素になりうる。
  • 「自分に自信が持てない」と悩んでいる人は、自覚しているかどうかはともかく「自分はどの程度社会に適応できているのだろう?」ということに不安を覚えている人であろう。
  • 「社会に適応すること」は自信を持つための「必要条件」であり「十分条件」とはいえない。
  • イソップ童話「樫の木と葦」より、社会的地位を確立してきた人の中には、内側に脆い部分を抱えながら生きてきた「樫の木」タイプの人間である場合が多く、強風に煽られるとバキバキッと折れてしまい、立て直すことが難しくなる。
  • 著者が感じる「自信がある」とは、「明るくて余裕がある状態」。これは簡単なことではない。たとえ「明るく見せる」、「余裕を見せる」ことは出来ても、それだけでは「自信がある」ことにはならない。しかし、「明るい自分」、「余裕のある自分」でいることが大切なのだということがわかると、努力の方向性がはっきり見出しやすくなってくるとは言える。
  • 名越先生が自信を持てるようになった行動とは、「諦め」である。「自分はこうあるべきだ」というこだわりを捨てること。頑張ってなんとかなることと、なんともならないことの区別をつけること。「自信が持てない人」に共通するのは、「キラキラした自分」や「成功している自分」への期待と、そうなることができない現実とのギャップにある。自分に自信が持てない人は、いつもそのスパイラルのなかで苦しんでいる。
  • スパイラルから抜け出すための第一歩は、適度な「あきらめ」を身に着けて、自分のできる範囲に目標を定めることである。 

 

今の思い

 私は名越先生の仰る通り、キラキラした自分への期待とそうなることの出来ていない現実とのギャップが大きかったこと、そして自分の生き方や性格は、イソップ童話「樫の木と葦」の樫の木そのものであることに気が付きました。個人的には「諦め」という言葉は好きではありませんが、自信を少しでも付けるという意味で、全ての物事に対して全力投球するのではなく、物事に優先順位をつけて、小さな目標を立てて小さな成功体験を積んでいくことを意識したいと思います。その結果、いつか大きなことを成し遂げていて、自信も今よりは付くのではと、未来の自分に期待しております。